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コピラス

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コピラス任天堂が1971年に発売していた簡易コピー機である。

概要編集

原理としては、一般的に言われる「青焼きコピー複写機#ジアゾ式複写機)」と呼ばれるものを小型化したものといわれており、原紙と複写用の紙(感光紙)を密着し、紫外線を当てて感光させ、複写紙に残ったジアゾ化合物(文字の部分)を現像し発色させるタイプのものであるとされていた(詳しいことは資料不足のため不明)。この青焼きコピーは、構造が単純で安く作れること、コピー代も安くすむことが長所であった。一方で、感光紙にコピーし、さらに現像液に漬けて乾かすため、1枚コピーするのに1分は掛かり[1]、さらに長時間保存することが出来ないと言う致命的な欠点があった。

また上位機種として1973年に「コピラスST」が発売され、この他にも「フォトコピラス」など派生機種も登場している。

任天堂は、実用品の市場参入を目指して、このコピラスを9800円という当時としては破格の安さで販売した。上記の通り性能は低かったが、安いので何とかなるだろうと思っていたようである。しかし、人々がコピー機に求めていたものは「綺麗に複写できること」であり、任天堂のこのコピー機はたちまち返品の嵐となり、本社の倉庫には在庫の山が出来てしまった。

このため、任天堂のコピラスの戦略は失敗し、オイルショックによる「レーザークレー射撃場」の失敗もあり、任天堂は今では考えられないような借金まみれの企業になってしまった。この借金をすべて返済するのは、任天堂が娯楽一本に回帰して後に発売した「ファミコン」の発売後のことである。

コピラスはこのように商業面では大失敗に終わったが、そこまで高品質な複写を必要としない町内会の活動や、大学生のサークル活動同人誌等を作るグループ[1]では、コピー機本体とコピー代の安さが受け重宝したと言われている。

そして、任天堂はこの時期、コピラスや光線銃シリーズ、さらに家庭用のわたあめ製造器の製造等を通してエレクトロニクス関係のノウハウを拾得する努力を社内一丸となって行っており、そのことがゲーム&ウオッチファミコンの成功につながったとも言われている。

脚注編集

  1. 1.0 1.1 霜月たかなか『コミックマーケット創世記』 pp.67-68

関連項目編集

外部リンク編集

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