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任天堂

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任天堂株式会社
Nintendo Co., Ltd.
Nintendo.svg
ファイル:Nintendo office.jpg
任天堂本社
種類 株式会社
本社所在地 [[image:テンプレート:Country flag alias JPN|border|25x20px|テンプレート:Country alias JPNの旗]] 日本
〒601-8501
京都府京都市南区上鳥羽鉾立町11-1
設立 1947年(昭和22年)11月20日
業種 その他製品
事業内容 家庭用ゲーム機器をはじめとした玩具の製造・販売
代表者 岩田聡(代表取締役社長)
#代表取締役一覧も参照
資本金 100億6500万円
(2011年3月31日現在)[1]
発行済株式総数 1億4166万9000株
(2011年3月31日現在)[1]
売上高 単体:8073億円
連結:1兆143億円
(2011年3月期)[1]
営業利益 単体:1186億円
連結:1710億円
(2011年3月期)[1]
純利益 単体:375億円
連結:776億円
(2011年3月期)[1]
純資産 単体:1兆156億円
連結:1兆2818億円
(2011年3月31日現在)[1]
総資産 単体:1兆3012億円
連結:1兆6342億円
(2011年3月31日現在)[1]
従業員数 単体:1638名
連結:4394名
(2009年12月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 山内溥 10.0%
ジェーピー モルガン チェース バンク 380055 4.95%
(株)京都銀行 4.50%
ステート ストリート バンク アンド トラスト カンパニー 4.20%(2011年3月31日現在)
主要子会社 Nintendo of America Inc.(アメリカ合衆国)
Nintendo of Europe GmbH(ドイツ)
Nintendo France S.A.R.L(フランス)
Nintendo Benelux B.V.(オランダ)
Nintendo Australia Pty. Ltd.(オーストラリア)
韓国任天堂株式会社(韓国)
関係する人物 宮本茂(代表取締役専務)
山内溥(相談役、元・社長)
荒川實(元・取締役、元Nintendo of America社長)
横井軍平
レジナルド・フィサメィNintendo of America社長兼COO)
外部リンク www.nintendo.co.jp
  

任天堂株式会社(にんてんどう、英: Nintendo Co., Ltd.)は、玩具・ゲームを製造する日本の株式会社。麻雀、囲碁、将棋、花札用具のメーカーでもある。

Nintendo(ニンテンドー)は、1990年代まで主に北米でビデオゲーム一般を指す俗語としても使われた。

会社概要 編集

本社は京都市に所在する。1889年9月23日創立。

花札トランプの製造業を行いながら玩具メーカーとして活動し、『ウルトラハンド』、『光線銃SP』等のギミック付き玩具などのヒット商品を生み出しながら、1980年携帯型ゲーム機ゲーム&ウオッチ』を発売し大ヒットとなる。1983年に『ファミリーコンピュータ』を発売、後1985年に『スーパーマリオブラザーズ』は全世界で大ヒットした。2008年時のゲームソフト販売シェアでは日本、世界ともに1位。2010年現在、現行ハードの売り上げも携帯機・据え置き機ともに世界1位である。

自社でゲーム機の製造工場は持たず(ファブレス企業)、以前は日本国内にある協力会社の工場で製造組立を行っていたが、現在は中国にある生産協力工場(鴻海精密工業)で製造している。

販売実績100万本超ソフトを多く抱えるほか、販売実績400万本以上のゲームソフトシリーズも複数抱えている。世界市場ではそれらのシリーズの多くが販売実績1000万本を超える規模をもつことから、同社はハードホルダーであると同時に、国内ではゲーム業界へ影響力を持つ、世界最大級のゲームソフトメーカーだといえる。影響力の例としては任天堂の「Touch! Generations」シリーズ発売以降、多数の他メーカーも追従する形で同様のコンセプトを持つソフトを発売していったことからも窺える。また、販売実績のみならず、IGNを初めとした格付レビューサイトでも平均9点以上を獲得する、数少ない国内メーカーである。現在、海外を中心に形成されているゲーム業界世界市場においても[2][3]、年間世界販売本数で常に上位を占める[4][5][6]などを発売している。

売上高営業利益率においてはコンスタントに20%以上を維持しており、日本の大企業でもこの規模は他に例を見ない[7]。他にも、1兆円企業でありながら従業員数が5,000人程度と少ないため、従業員1人あたりの売上高も高い(トヨタ自動車の5倍程度)[8]。また、財界活動を一切行っていない。

事業所一覧(日本) 編集

ファイル:任天堂東京支店ビル.jpg
本社
京都市南区上鳥羽鉾立町11-1
かつての本社は東山区にあった(現在は京都リサーチセンター)。現在の本社は東洋電機製造の工場跡地に作られた。
東京支店
東京都台東区浅草橋5-21-5
かつては千代田区神田須田町1-22にあったが、2002年に現在地に移転した(現在も移転前の建物は現存しており、「任天堂」の看板も掲げられたままになっている)
大阪支店
大阪市北区本庄東1-13-9
名古屋営業所
名古屋市西区幅下2-18-9
岡山営業所
岡山市北区奉還町4-4-11
札幌営業所
札幌市中央区北9条西18-2
  • かつては、福岡にも営業所を構えていたが、2008年ごろに閉鎖された。

工場一覧(日本) 編集

宇治工場
京都府宇治市槇島町薗場92-15
宇治小倉工場
京都府宇治市小倉町神楽田56
宇治大久保工場
京都府宇治市大久保町田原54-1

代表取締役一覧 編集

  • 代表取締役社長 - 岩田聡
  • 代表取締役専務 - 森仁洋(経営統括本部・本部長)
  • 代表取締役専務 - 波多野信治(営業本部・本部長)
  • 代表取締役専務 - 竹田玄洋(総合開発本部・本部長)
  • 代表取締役専務 - 宮本茂(情報開発本部・本部長)
  • 代表取締役専務 - 永井信夫(製造本部・本部長)

取締役一覧 編集

  • 常務取締役 - 松本匡治(管理本部長兼総務本部長兼財務部長)
  • 常務取締役 - 鈴木英一(海外本部長)
  • 取締役 - 河原和雄(営業本部東京支店長兼東京支店管理部長)
  • 取締役 - 君島達巳(米国任天堂CEO)
  • 取締役 - 竹村薫(人事本部長兼人事部長)

沿革 編集

ファイル:Nintendo former headquarter plate Kyoto.jpg

テレビゲーム事業 編集

テンプレート:出典の明記

変遷 編集

参入まで 編集

ファイル:NintendoCards.jpg
ファイル:Nintendo love tester.jpg

元々は京都花札屋として創業した玩具企業だった。社名は、夏目房之介による取材では任天堂からの回答として「人事を尽くして天命を待つ」が掲載されているが、夏目は「運をせる」が本来の由来ではないかと推測している[9]。詳細は初代社長が死去しているため不明であるが、前社長の山内博は前述の夏目の推測に近い回答を個人的に呈示している。

第二次世界大戦前、日本専売公社(現JT)と手を組み、タバコと同じ箱のサイズである花札などのカードゲームを全国販売した。

戦後、1949年に社長の山内積良が急逝。孫の山内溥が22歳で就任した。この若い社長に対し100名余りの社員がストライキを起こすものの、彼の発案により任天堂はプラスチック製のトランプをいち早く製造するなど、国産のカードゲームボードゲームの製造に力を入れ、成長した。その成長ぶりは「日本国内の証券取引所の立会場で「手の中のカードを繰る」仕草は任天堂を指す手サインである」と言われる程のものであった。ところが一時期は、ベビーカー「ママベリカ」、育児関連用品やタクシー事業やホテル経営、文具販売など多数の事業に進出してしまい、ヒットも飛ばせず撤退。この影響で任天堂は多額の借金を抱える羽目になった。

1965年横井軍平が入社。横井が仕事をさぼって制作した「ウルトラハンド」を見た山内が商品化を決定。大ヒット商品となり、その後の任天堂の玩具事業への足掛かりをつくった。

1970年代頃からは玩具事業に専念するようになり、「ラブテスター」や「光線銃」などといった電気電子技術を利用したオリジナル玩具も開発製造するようになった。これらの商品が後の「ゲーム&ウオッチ」へと発展していくことになる。

テレビゲーム産業への参入 編集

ファイル:Nintendo Research Center.jpg

1980年にゲーム&ウオッチを発売し、大ヒットした。

1983年にはファミリーコンピュータ(ファミコン)を発売し、爆発的に普及させた。本製品で任天堂は、他社からのゲームソフト製造・販売に対するライセンス制度を導入し、これにより任天堂は市場をほぼ独占して今日のテレビゲーム産業の基礎を作った。また、ゲーム機ハードウェアソフトウェアを製造販売する大手企業の一つとして数えられるようになった。今日でもシェアは世界トップである。

その後1989年には携帯型ゲーム機ゲームボーイを発売し、翌1990年にはスーパーファミコンを発売。いづれも成功を収めた。

やがて「ファミコン」「Nintendo」という名称自体が様々な物の代名詞として使われるようにまでなった。 例えば、日本では、"ファミコン"という言葉が家庭用ゲーム機全般を示すこともあった。また、海外、特に北米では"Nintendo"という言葉はビデオゲーム一般の俗称として用いられた(海外でのファミコンは Nintendo Entertainment System(略称NESまたはNintendo)と称して発売されたことによる)。 1990年代ごろからは「Nintendo」の示す意味は「仮想現実の」などと拡大解釈されるようになった。例えば湾岸戦争が勃発した際、TV局はビデオカメラを搭載したミサイルが標的に正確に命中していくシーンのことを、テレビゲームになぞらえて "Nintendo War" と称して報道した。このことについて宮本茂は「見せ方によって人が死んでるように見せることもできるし、全く死者が出ていないように見せることもできる」と語り、遠回しながらメディアに対し遺憾の意を示した。現在でも、内視鏡手術のことを俗に "Nintendo Operation" と呼ぶことがある。

苦境 編集

ファミコン、スーパーファミコンと二世代に渡って家庭用ゲーム機トップシェアを誇った任天堂だが、その座はいったん1994年に新規参入したソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のプレイステーションに譲ることになる(ただし、携帯ゲーム機市場に限れば引き続き首位を維持していた)。

その背景には、SCEが新規参入を促進するために打ち出した規制緩和策や、従来の「ゲーム機は子供のおもちゃ」という印象からの脱却を図ったことがある。その結果、多くのサードパーティーが任天堂から離れていってしまった。とりわけ、任天堂ハードの性能不足を理由に離脱したことは任天堂凋落への大きな流れを作ったとされている。

テンプレート:独自研究範囲

任天堂凋落の要因としては他に、「量より質の少数精鋭主義」に拘りすぎたこと(低品質なゲームの氾濫防止のためのサードパーティー厳選や販売ソフト数制限など)、他社がメディアを生産性が高く割安なCD-ROM形式に移行させる中、ユーザーへのロードストレスを排除する目的で割高なロムカセットを採用したことでソフト価格も割高になってしまったこと[10]などが挙げられる。

ファイル:Wikipedia N64 PAL.jpg

これら複数の要因からスーパーファミコン時代のサードパーティーは任天堂から離れていった。そのため、任天堂は古参メーカーなどの限られたパートナーとともに市場を支えることを余儀なくされた。この状況のなかで、任天堂はSCEのPSに対抗し1996年にロムカセット媒体のNINTENDO64を発売する。『スーパーマリオ64』やゼルダの伝説シリーズのほか、『大乱闘スマッシュブラザーズ』など自社ブランドのゲームがヒットを飛ばしたものの、シェアでは多くのサードパーティーを擁するプレイステーションに及ばず惨敗、ファミコン以来一貫して守ってきたハードシェア首位の座をついにSCEに明け渡すこととなった。同時期には株価は6000円台まで低下していたが、携帯型ゲーム機の市場ではポケットモンスターシリーズが売れたことで、携帯型ゲーム機ハードシェア首位の座を守っており、同時期でも(1999年)年間純利益は500億円を超えていた。

2001年にはNINTENDO64の反省から、松下電器産業との共同開発で次世代機ニンテンドーゲームキューブに独自仕様の光ディスクを採用するなどの対策を行った。しかしSCEのプレイステーション2から1年半も発売が遅れたこと、プレイステーション2に備えられている上位互換性が無いこと、さらには慢性的なソフトのラインナップ不足は大きく改善されなかったためにプレイステーション2に及ばず、2世代にわたってSCEに敗れることとなった。

任天堂はゲーム機に必要なプロセッサIBMATIテクノロジーズに外注しているため、チップ原価が変動しにくく本体価格の引き下げ、価格性能比の向上や設計自由度において不利と言われている。プロセッサを自社で開発し、グループの半導体製造工場を使って生産量からチップ原価の低減が可能であると主張していたSCEとは対照的といえる。

トップシェア奪還 編集

先述したハードの反省を踏まえ、任天堂は従来の高性能化路線でSCEに対抗するのでなく、誰でも手軽に遊べるゲームを作ることにより、顧客層およびゲーム市場の拡大を目指す方向に転換する。ゲーム市場の規模は1990年代後期から徐々に縮小しており、これをゲームの高性能化・複雑化によって、ゲームをしない世代が余計に入りにくい状況に原因があると考えたためである。

そうした流れのなか任天堂は携帯用ゲーム機ニンテンドーDSを発売する。上下2画面とタッチスクリーンを採用したことによってゲームの表現や楽しみ方を広げることに成功した。同時期に発売されたSCE初の携帯機プレイステーション・ポータブル(PSP)に販売数で大きく差をつけ、ブームなどの影響もあり、日本では一時期品薄状態が続いた。DSのブームにより日本の携帯型ゲーム機販売台数は増え、家庭用ゲーム機市場における携帯型機と据置型機のシェアは逆転した。

ファイル:Calonnec classiquewiimote.JPG

その一方で、2世代に渡ってSCEの後塵を拝していた据置型ゲーム機ではWiiを投入。従来のコントローラのボタンによる操作だけでなく、ポインタと加速度センサーを搭載して直感的な操作を可能としたWiiリモコンを採用し、これもまた、ゲームの楽しみ方を広げる大きな要素となった。任天堂は実に10数年ぶりとなるゲーム機市場トップシェアの座を奪還した。

これらの任天堂のトップシェア奪還にはハードの売り上げの他にも、山内溥社長の退陣による組織の若返り、スクウェア(現スクウェア・エニックス)との和解、業務用ゲーム基板『トライフォース』のセガナムコとの共同開発、オンライン家庭用ゲームの流行など、変革の要素も大きい。

こうした成功を受け、2000年代に入って9000円台後半~10000円台前半を推移していた任天堂の株価は、2005年ごろから急騰し、2007年には7万円台を突破した。時価総額も2007年には一時は10兆円の大台を突破し、時価総額では日本企業第3位にまでなった時期もあった。かくして任天堂は日本におけるトップレベルの企業の仲間入りを果たしたが、代表取締役専務の宮本は、こうした任天堂の成長を受けて「もし私が今日、任天堂を受けたいと思っても私の大学の学位では採用されなかったでしょう」と話している[11]

任天堂の米国法人(NOA)とマイクロソフト本社は同じワシントン州シアトルにあり(立地上も隣同士である)、主に不正コピー対策に関する情報交換などを主眼に法務部門など一部の部門で定期的に交流を持っているなど[12]、比較的任天堂とマイクロソフトとは親密な関係にある。

しかし、こうした勢いの一方で、世間に広く注目されているのがライトユーザー向けのカジュアルゲーム(脳トレ、『Wii Sports』、『Wii Fit』など)に偏ってしまったため、『ファイアーエムブレム』などコアユーザー向けソフトも多く抱えているにも関わらず、前述のゲームの陰に隠れてしまっている感が強く、従来型のコアゲーマーからは「ライトユーザー層向けのゲームを積極的に売り出す方針をとっているため、ゲーム界をライトユーザー層とゲーマー層の二極に分化させてしまった」という批判の声もあり[13]、「任天堂はコアゲーマーを無視する方針に切り替えたのでは」と誤解されることも少なくなかった[14]

再びの苦境へ 編集

2000年代も末期になると、DSやWiiと同時期に登場してきたソーシャルゲームなど競合分野が著しく躍進し、ゲーム市場におけるコンシューマーゲームの影響力に陰りが見えてきた[15]。取り分け、ライトユーザー向けのイメージが強い任天堂はその影響を最も受けているとされ、新たなヒット作に恵まれず市場の再硬直化にある2010年頃から任天堂は再び失速傾向に入った。

ニンテンドーDSの後継機として2011年に発売したニンテンドー3DSは、販売価格の高さやキラーソフトの不在などに加え、発売直後に起きた震災の影響で旧機種であるDSほどの勢いが出ず伸び悩み、さらに国内市場に比べて好調であった海外市場でのWiiも失速し、2011年4~6月期の連結営業損益が四半期決算を公表して以来初めて赤字となった。このためニンテンドー3DSを1万円値下げするなど大幅な方針転換を余儀なくされている[16]

ターゲット 編集

任天堂は、既存の性質のゲームと共に、これまで家庭用・携帯ゲーム機購買に関心を持たなかった大人をはじめとする年齢層や、女性へのゲーム機への理解と消費拡大を追求している(ブルー・オーシャン戦略)。自社製品に関しては、年齢や性別に関わりなく寄り集まって楽しめる、社会に安定と幸福をもたらすゲームという理念の追求を自社ブランドの重要要素としている。一時は1対1の格闘ゲームですら女性への攻撃があるために規制対象だった(2010年現在はない)。そのため、児童の視聴や購入に相応しくない、ポルノ・ポルノ系製品、および過度で残忍な暴力を嗜好・演出するゲームなどの作品の安易な販売は今後も行われないと見られている。Touch! Generationsシリーズなどを見ても、健全なソフトを開発するイメージがついていることがわかる。実際、任天堂から発売されたソフトのほとんどはCERO基準における全年齢対象である[17]

だが、その“全年齢向け”の姿勢が、“低年齢向け”と揶揄されることも多く、実際ゲームボーイアドバンスニンテンドーゲームキューブの時代はユーザーの大半が低年齢層に偏向しており[18]、開発会社の中には“低年齢向け”を理由に任天堂から距離を置く会社もあった。メディアワークスの『デンゲキニンテンドーDS』、エンターブレインの『ファミ通DS+Wii』などの専門誌も過去にはいずれも全年齢向けの内容だったが、途中から低年齢層にのみ親しみやすい内容にシフトさせ、全年齢向けの雑誌は、毎日コミュニケーションズの『ニンテンドードリーム』のみという時期もあった。

しかし、ニンテンドーDSWiiの大ヒットにより、「任天堂は間口が広くて奥が深い“全年齢向け”」とのイメージも徐々に広まってきており、これまで任天堂ハードに対して消極的だったサードパーティも参入しつつある。任天堂ハード専門誌においても、メディアワークスが2006年10月よりゲーム情報媒体としての色合を濃くした『DENGEKI DS Style』(現『電撃DS&Wii』)を発刊。結果として、多くの出版社が「幅広く受け入れられている任天堂ハード」というイメージ作りに努めつつある。

クリーンなイメージを大きく逸脱しない範囲ではあるが、ゼルダの伝説シリーズ、『MOTHER3』における狂気・無情な描写(著名なファンタジー作品の表裏的世界を再現した表現)、『ピクミン』『巨人のドシン』における無邪気な残酷さ、『どうぶつの森』のカッペイの歌、『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』の小ネタなどにおけるセクハラ的表現、『スーパーペーパーマリオ』におけるおたく向け表現など、表現を必ずしも制限しないところも見受けられる。2010年2月に発売された『斬撃のレギンレイヴ』では、それらよりもさらに踏み込み、任天堂としては初めてになるCERO:D(大量の出血・部位破壊・切断などといったような過激な表現を含んだ)対象ソフトになった。

サードパーティーから発売されるソフトに対しても、カプコンの『バイオハザード4』、『killer7』などCEROの規制対象(前者はD:17歳以上対象、後者はZ:18歳以上のみ対象(当初は18歳以上対象)以前から、『バイオハザード2』、更にはファミコン時代、スーパーファミコン時代に存在した多くのシニカルな作風のソフトも受け入れている事から柔軟性は高い。特に『バイオハザード4』ではプレイステーション2 (PS2) 版より敵の首が飛ぶ描写が多く、『killer7』では残酷描写はもちろん、PS2版には収録されていない露骨な性表現(目に見えるヌードではない)が存在する。このため、独自の規制基準が存在するSCEよりも規制は緩いことがうかがえる。

性的な描写、美少女ゲームにおいても、『魔法先生ネギま!』のメディアミックス作品、『パンヤシリーズ』のWii移植作品(ともにB:12歳以上対象)など妥協点を探し始めている。DSのタッチスクリーンを利用した性的表現なども、テクモの『デッドオアアライブシリーズ』で中心開発者である板垣伴信が、「かすみちゃん(デッドオアライブのキャラクター)に触るゲームとかも、いいですか?」と尋ねた際に「別にいいですよ」と任天堂が返答してくれたと述べている。2007年には「少女キャラクターに触る」というコンセプトのゲームである『どきどき魔女神判!』が、2009年にはリアルタイムの「恋愛生活」が体験できる『ラブプラス』が発売されるなど、ゲームに必要とされる表現(特にゲーム性に直結するものなど)の方向性には柔軟な姿勢を示している。

一方で層が薄いと指摘されるのが中高生から20代前半のユーザーであり、実際Wiiのユーザーでは、従来通りこれらの世代が極端に少ない[19]。任天堂もこの点を重要視しており、ゲームキューブでは『バイオハザードシリーズ』の独占供給、Wiiでは『モンスターハンター』の最新作の供給が発表された際に、前述のユーザー層にもマッチしたソフトの存在を推した。

ボイス 編集

昨今までの任天堂の方針としてキャラクターボイスの導入に消極的な姿勢でも知られている。『マリオシリーズ』などにおける掛け声程度のボイスのように、プレイする上でのゲームへの没入感を高める効果として用いることは多かったが、一方でCD-ROMメディア採用のゲーム機が普及した頃から増えた、テキストベースの長文脚本によるボイス導入は、演出としてほとんど行わない。ゲームプレイへの没入感の為に導入されていたのは『スターフォックスシリーズ』など数点のみで、他のソフトにおいては導入されても英語音声ということが多かった。ただし、音声採用に関して『ゼルダの伝説 4つの剣+』や『しゃべる!DSお料理ナビ』(合成音声)、『Wii Fit』のように、音声によるプレイガイドがユーザビリティを高め、プレイする上でのハードルを下げることに繋がるソフトや、『メトロイド アザーエム』など内容の映画性・ドラマ性を重要なファクターとした作品、『零~月蝕の仮面~』や『バテン・カイトスII 始まりの翼と神々の嗣子』などのように他社が主体となって開発したタイトルについてはこの限りではない。

その理由として、映画監督宮崎駿が述べるように「声優の声質がユーザーに違和感を与えてしまう」ケースを避けるためである、と端的に説明されることが多い。

プロの声優による収録音声で、演技に演出意図や脚本意図を組み込みたい場合には、開発スタッフの立ち会い、出演声優のギャランティーの発生や、スケジュール管理を全てこなす必要が出てくる。その投資と労力に見合った採算を計れるかは注視、検討されるべき問題となりやすい[20]。加えて、任天堂のタイトルは海外でも展開・発売される場合が多いため、収録する場合は各国の言語別の収録やその調整が必要となり、大きな労力や開発・販売スケジュールの負荷となりうる[21]。上記のように『マリオシリーズ』の音声が英語であったり掛け声だけの作品が多い理由の一つも、規格を世界で統一するためである。

また、NINTENDO64の第1作目『スーパーマリオ64』から既に掛け声(上記のように英語音声)を採用していた、初のフルボイス作品である『スターフォックス64』はフルボイスの作品が希少な時期に発売されていたなど、ボイスの採用を初めて行った時期そのものは非常に早く、必要な際はむしろ積極的に行っていたという面もある。

上記のように、デベロッパーならびにセカンドパーティー制作で任天堂発売のタイトルの場合はボイスの採用を否定しておらず、デベロッパー製タイトルの場合はむしろ積極的にボイスが収録されている場合も多い。近年の一部作品では、公式ホームページ上で音声の視聴ができるようにするなど、前述の「ターゲット」と同様に柔軟な姿勢も見せている。

ライセンス 編集

ビデオゲーム市場の発展段階では、自社の市場を守るために技術ライセンスを取得せずに製造販売されたソフトウェア(同人ソフト、当時は裏ソフトと呼ばれていた)の市場からの締め出しを実行した。これは、特にファミコン全盛時代に性的描写を含む裏ソフトが市場に多く出回ったため、警察PTA市民団体からのクレームが集中したことに起因している。

この施策は主に、同社が保有している特許技術や意匠商標の無断使用を指摘するという形で行われ、これ以降、任天堂の方針が当時の日本家庭用ゲーム業界の自主規制に大きな影響を与えるようになった(俗に「ファミ倫」とも言われた)。北米圏におけるNintendo Entertainment Systemでは10NESと呼ばれる鍵に相当するチップをカートリッジに搭載し、起動時に本体との間で認証を行なう仕組みを設けた。そしてこのチップを特許と著作権によって保護することで、正規ライセンスを取得していないソフトを排除した。

ただし、コンピュータプログラムに対する著作権が確立される前の話ではあるが、任天堂はインベーダーゲームブーム時に『スペースインベーダー』の亜流を販売し、テレビのインタビューで山内溥が「遊びにパテント(特許)は無い」旨の発言をしていたことがある[22]

メディアミックス展開 編集

かつては、メディアミックスに消極的な代表会社のひとつだった。それは「このようなソフトウェアは、たとえ内容的に素晴らしかろうとあくまで日陰に存在する物であり、大手を振って認知されるべき物ではない」という主張に基づいている。そのため、ファミリーコンピュータの発売以前から関わっている、小学館発行の学年誌や『月刊コロコロコミック』などに限定的情報を提供して、特集記事の形で掲載している程度でとどめていた。

しかし、人気シリーズである『ポケットモンスター』のNINTENDO64への移植のための実験も兼ねたアニメ化において、自社でスポンサーなどの調達がうまくいかなかったことから、小学館プロダクションに一任したことが転機となった。アニメを発端とするポケットモンスターのメディアミックスは、展開初期に大規模なトラブル(ポケモンショック)が発生したものの、日本経済新聞においても紹介されたメディアミックスの成功例になった。これ以降、『星のカービィ』や『F-ZERO』『どうぶつの森』といった、自社のゲームソフトのアニメ化などのメディアミックスを積極的に推し進めるようになりつつある。

ゲームで声優を起用することは少ないが、アニメにおいては声優にも力を入れており、『F-ZERO ファルコン伝説』や『劇場版 どうぶつの森』では、それぞれ主演に森川智之堀江由衣といった人気声優を多数起用している。

雑誌などへのメディアミックス展開について、ソフト供給量絶対数の少なさによる情報提供量の少なさ、後述の事件によるエンターブレインなど大手有力雑誌会社との対立など、不利な材料も少なくない。とはいえ、小学館グループをはじめとした漫画雑誌への連動企画などは2010年現在も継続中であり、『ソウルキャリバーII』のように他社のブランドのゲームへのキャラクターの貸し出しも行っている。

ハードウェア 編集

社長(2010年現在)の岩田聡は、「ゲームの高性能化、複雑化だけでは今までの“ゲーム熟練者”に飽きられ、さらに“ゲーム初心者”にとってもとっつきにくいものになり、市場の縮小を招く恐れがある。これからは“初心者”にとっつきやすく、“熟練者”には新鮮で驚きに満ちた新しいゲーム機が必要である」と主張している。

NINTENDO64ニンテンドーゲームキューブではゲーム機のハイスペック化にもアプローチしてきたが、ニンテンドーDSWiiではこの方針を転換し、SCEマイクロソフトとのスペック競争から身を引き、最新の映像表現や高性能を実現させるハードウェアの追求とは一線を引いた。具体的には、ニンテンドーDSにタッチパネル、Wiiのコントローラーではポインティング、および高度なコントローラー位置把握機能を採用したことが挙げられる。

2010年現在、ニンテンドーDSは、ほぼ同時に発売されたライバル機と言えるSCEのプレイステーション・ポータブル(PSP)に対して世界での販売数・ソフトウェア販売数などで大きくリードしている。2009年3月末には史上最速での全世界1億台突破を見込まれている[23]

2006年12月2日に発売されたWiiは、発売前から多くの期待を集め、初回出荷分はすぐに完売となった。2010年現在、ライバル機のプレイステーション3Xbox 360を大きくリードしている。

ライバルであるSCEマイクロソフト発売のハードは著しい高性能化が進んだ為、逆にソフト開発費の高騰が起こり、資金力の低いサードパーティー参入の障害となってしまった。一方で開発費が低いニンテンドーDSやWiiにサードパーティーが流入するようになった為、ソフトのラインナップ数でも他社ハードに対して優位に立つ事になった。

丈夫さ 編集

ハードウェアの堅牢性が高く、これは、玩具として発売されたテレビゲーム機は、子供に乱暴に扱われることを前提にした耐衝撃性の高いハード設計が必要だという思想からである。

例えばファミリーコンピュータは、製造から20年以上経っても正常に動作する個体が多い。初代ゲームボーイ開発時には、試作機を渡された社長がいきなりゲームボーイを床に叩きつけて強度を確かめたといった逸話や、「任天堂本社ビルの屋上から落として壊れるようなハードは出さない」という伝説もある[24] 。その思想は歴代のハードに受け継がれ、育成機能付歩数計ポケットピカチュウ』でさえ、大人が踏んでも壊れないほど頑丈に作られている。欧米のある国のメディアが、ゲームキューブ・プレイステーション2Xboxの耐久実験を行った際、鉄製の大型ハンマーで叩かれても起動したのはゲームキューブのみという結果が出ている。湾岸戦争で爆撃を受けた建物内部にあったゲームボーイは、外装がボロボロになったものの、きちんと動作することが確認されている[25]

このような対策はコンピュータゲーム黎明期から取り組んできたが、初期のファミリーコンピュータは開発者側の想定を超える破損トラブルが続発したというエピソードもあり(開発者側は念入りに試験していたつもりであり、ボタン1つでも100万回の打鍵を行ったという)、このような過去のトラブルが現在の設計に活かされているのだという[26]

部品一つ一つも個人が勝手に改造などをできないように特殊なものを用いていることも特徴である。たとえば、前述の通り子供などが悪戯で分解したりできないようにネジ山の形状が通常の+や-ではなくY型をした特殊形状のものを用いている点などである。

ソフトウェア 編集

ソフトウェア面では、基本的に「内容の質」を重視しているのが一貫した方針である。そのため、Game Developers Conference 2011で岩田社長が「有料でゲームを買ってもらうためには、金銭を払うだけの価値がある内容の質の維持・向上を目指すことが必須である」という旨の講演を行ったら、メディアが「無料ゲーム大量配信の戦略をとるソーシャルゲームへの反論」と報道したことに対し、誤解されたと遺憾の意を示したことがある[27]

新たな方面でのソフト開拓も行っており、ニンテンドーDS(以下DS)において『脳を鍛える大人のDSトレーニング』『nintendogs』などのTouch! Generationsシリーズをはじめとするソフトウェア群でそれまでゲームに興味がなかった層も巻き込み市場拡大に成功したといわれている。

ファミコン時代から任天堂ソフトが人気の中心となっており、サードパーティーソフトに弱いことが指摘されたが、かつてのような厳しい規制も現在は緩くなってきており、これまでプレイステーション向けにソフトを開発していたサードパーティーの新規参入も見られるようになった。結果として、かつてのような「少数精鋭主義」は薄まり、「量より質」ではなく「量と質」を重視するようになってきている。

当初DSでは、売り上げのほとんどが任天堂製タイトルであり、サードパーティーのタイトルは苦戦する傾向にあったが、徐々に改善され、現在ではサードパーティーのシェアも増加傾向にある[28]

一方のWiiでは『Wii Sports』や『Wii Fit』といったソフトの売上が好調な一方で、従来のユーザーを対象としたソフトやサードパーティーソフトが、さらに低下傾向にあるといった課題が、日本国内を中心に多く残されている。

2004年に消費税を含めた価格の総額表示が義務付けられた際、任天堂は自社が発売するゲーム機、ゲームソフトの価格についてはそれまでの税別価格が税込価格となるよう実質値下げを行った。それ以降に発売されるソフトについても、他社が税別4,800円や税別5,800円となっているのに対し任天堂は税込4,800円や税込5,800円というように、税込みできりのいい価格となるよう設定されている(任天堂は1989年の消費税導入時から1996年頃までも同様の税込価格表記を行っていたが、それ以降は他社と同様の税別価格表記となっていた)。

サービス 編集

サービス面では、任天堂ゲーム機対応のゲームソフトにポイントを添付し、ポイントを貯めることにより任天堂のオリジナル商品が貰えるといった、「クラブニンテンドー」という制度を作り他社との差別化を図っている。

さらに、クラブニンテンドーのウェブサイトでのポイントの登録時に、購入者に対し製品への簡単なアンケートを取るため、その統計がマーケティング戦略などに活かせるようにもなっている(前述の購入者層拡大も、このアンケート統計から明確になったものである)。

その他 編集

任天堂ハード以外へのライセンス供給
8ビットパソコン時代に『マリオブラザーズスペシャル』『パンチボールマリオブラザーズ』『スーパーマリオブラザーズスペシャル』『ドンキーコング3』『任天堂のゴルフ』『任天堂のテニス』、e-Zaurus向けに『バルーンファイト』『クルクルランド』がライセンス供給されたが、稀な例である。2010年現在、他社現行ハードに対する任天堂ゲームのライセンス供給はされていない。
オンライン販売
一部の製品は特定の店舗を除き、任天堂公式サイト上のみの販売となっており、店頭での販売が行われていない製品もある。
プレイやん(後のPLAY-YAN micro)やニンテンドーWi-Fi USBコネクタニンテンドーDSブラウザー・日本国外専用DS ACアダプタなど使用するのに特定の環境が必要な周辺機器をはじめとして、『大合奏!バンドブラザーズ』追加曲カートリッジ・DS振動カートリッジ・ゲームキューブSDカードアダプタのように特定のソフトにのみ対応した周辺機器やWii版と同時発売されたゲームキューブ版『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』、WiiのセンサーバーやDSのバッテリーパックといった交換用パーツなどがそれに該当する。
また、これらとは逆に、2011年6月27日からは自社ホームページに、上記の商品に加えて、周辺機器やゲームハード・ソフトの取扱説明書といった単独販売の無い備品を専門に販売する「任天堂オンライン販売」を設立するなど、店頭販売とオンライン販売を明確に分けた独自の方針で展開を行っている。
任天堂では店頭に並べない理由として誤購入や混乱の防止を挙げているが、明確な理由が説明されていない商品も一部存在する。支払方法はいずれの商品もクレジットカード代金引換の2種類のみと、他社のオンライン通販に比べてハードルが高い感は否めない。いくつかの商品は試験販売の要素を含んでおり、後に店頭での販売も行われたものも多数ある。
廉価版
任天堂の姿勢として、ゲームソフトの廉価版の発売を嫌っていることでも知られている。
SCEの「PlayStation the BEST」、マイクロソフトの「プラチナコレクション」や、メーカー独自の廉価版を積極的に売り出しているのに対し、任天堂がこれまでに主導して行なった廉価版シリーズは2006年の「バリューセレクション」(ゲームボーイアドバンス)と、2010年の「みんなのおすすめセレクション」(Wii)のみであり、さらに「バリューセレクション」で任天堂自身が発売した廉価版ソフトは14作品中6作品のみで他はサードパーティーである[29][30]
ただし、これは日本と海外支社では若干の方針の差異があり、海外では少数ながら廉価版ソフトの発売が実施された事例がある。
なお、ゲーム機本体に関しては、数回の値下げが実施されている。
一時はサードパーティーが独自に低価格化を行うことすら厳しく制限する方針を示していたことがあった(現在は行われていない)。
CEROに関する事項
2002年から開始されたCEROによるレーティングにおいて、「Z(18才以上のみ対象)」に区分された任天堂ハード用ソフトは
killer7GC版)
マッドワールドWii用)
グランド・セフト・オート・チャイナタウンウォーズDS版)
の3作品しかない(2010年11月現在)。
任天堂から発売されたソフトで「Z」に区分されたものは存在せず、「D(17才以上対象)」に唯一『斬撃のREGINLEIV』が、「C(15才以上対象)」に3作品のみが区分されている。『斬撃のREGINLEIV』の発売に当たっては、「D」区分のソフトを任天堂から発売して良いのか、社内で激論が行われたという[31]
しかし一方で任天堂は、自社ソフトのCEROレーティングがB(12才以上対象)やC(15才以上対象)であった場合でも『ファミ通』クロスレビューのメーカーアンケートにおいて「どなたでもお楽しみいただける」旨を回答している。
任天堂に限らず、こうしたレーティング結果を軽視する姿勢に関しては「子供の購買意欲をあおっている」と批判する声もしばしば挙がっている[32]
なお『斬撃のREGINLEIV』が発売された2010年1月以降、CEROレーティングが「C」「D」「Z」に区分される、Wii・3DS用ソフトに対し、パッケージを黒くする措置が行われている。
広告展開及びプロモーション
基本的にはウェブサイトやテレビCMを始め、電通関西がハンドリングをしている。過去に博報堂を使ったこともあるが、山内溥の子息が電通の社員であることも関係し、窓口は全て電通が一括して行なっている。
2000年代に入ってからインターネット上のメディアが急速に拡大しており、同業種のメーカーがソーシャル・ネットワーキング・サービスなどを媒体とした広告やプロモーションを行うのも珍しくなくなりつつあるが、任天堂は2011年6月のE3 2011に合わせてTwitterのアカウントを開設したくらいで、その後も主に自社ホームページの更新情報の掲載くらいに留まるなど、独自の路線をとっている。
ただし、子会社であるポケモンや、海外の任天堂支社では方針が異なり、前述のTwitter以外にもFacebookのアカウントやそれを介しての消費者への回答、これらサービスで自社企画を実施するなど、方針の違いが存在する。
なおこれらとは逆に、インターネットを用いたイベントのライブ中継や動画配信の実施は早い時期から行っており(これは以前からの岩田のプロモーション方針と合致していたことが影響している)、決算説明会の動画配信は2006年から実施している(備考として、一般向けライブビデオサービス大手のUstreamの設立は2007年である)。

著作権侵害被害 編集

違法コピーやプロテクト外し、マジコンの利用により任天堂は多大な被害を受けている。

2004年のニンテンドーDS発売から2007年12月までに、海外の7サイトで違法ソフトがダウンロードされた件数は約1億1200万件に達し、被害額は3,000億円以上になると試算されている[33]。任天堂によると、マジコンの利用者は国内だけで少なくとも数十万人規模に上り、海外のサイトやファイル交換ソフトウィニー」などを通じて違法ソフトが広まっているとされる[33]

任天堂は韓国通商代表部スペシャル301条に基づく申し立てのため、韓国、中国、ブラジル、メキシコ、パラグアイ、スペインなどの違法コピーが深刻な世界各国の知的財産権違反実態をまとめた報告書を伝達した[34]。任天堂韓国の代表は李明博大統領に韓国で横行している海賊版違法ソフトへの対策を要請した[35]

任天堂の対策について朝鮮日報は、『韓国で違法コピーが横行しているのは事実だが、任天堂の今回の措置は韓国を無視した不当な仕打ちだという指摘がある。任天堂が韓国にもたらしたものは、「小学生のゲーム中毒」だけであり、違法コピーの問題に対して見て見ぬふりをしてきたのも、ゲーム機を売り込むためだ。任天堂は韓国を、単に金を稼ぐための「漁場」としか見ていない[36][37]。』と報道した。

事件 編集

2001年にはゲーム雑誌ファミ通』の出版社であるエンターブレインの発売したプレイステーション用ソフト『ティアリングサーガ』に対して訴訟を起こした。『ティアリングサーガ』が任天堂の『ファイアーエムブレム』シリーズの類似作であるとして、著作権侵害不正競争防止法違反でエンターブレインと開発会社を訴えたものである。最高裁まで争った末、不正競争防止法違反との主張の一部は認められたが、著作権侵害との主張は認められなかった。詳細はティアリングサーガに関わる問題の項を参照のこと。

ポケットモンスター』のキャラクターを用いた同人誌に関わる事件については、ポケットモンスターの項を参照のこと。

歴代社長 編集

創業家出身
創業家以外の出身

関連する人物 編集

(順不同)

関連開発会社 編集

任天堂発売のゲームソフトの開発を担当したことのあるゲームソフト開発企業(セカンドパーティ)。資本関係の有無、専属関係にあるかどうかは問わず、以下に表記した(五十音順)。

主な製品 編集

テーブルゲーム 編集

玩具 編集

業務用 編集

家庭用ゲーム機 編集

据え置き型 編集

携帯型 編集

その他 編集

周辺機器 編集

ゲームソフト 編集

任天堂発売のゲームタイトル一覧を参照。

その他の製品、サービス 編集

現在はすべて撤退。

以下はかつて存在した子会社「三近食品」名義。すべて撤退。

  • ディズニーフリッカー - ディズニーキャラクターを使ったふりかけ
  • ポパイラーメン - ポパイの版権を使って出したインスタントラーメン
  • インスタントライス - 調理法は現在の包装米飯とは異なり、お湯を注いで3分待つものだった。お粥のようでとても不味く、当時の山内社長も落胆したそうだが、それでも強行発売して失敗した。

これらは、かつて任天堂が不安定なエンターテイメント商品以外にも、安定して売れる食品や実用品の販売を目指して、1960年代から1970年代前半まで行っていた多角化経営戦略の代表的なものである。特に食品に関しては、「これからはインスタントの時代になる」との山内溥社長(当時)のかけ声により多額の資金を投入し、「三近食品」なる企業を立ち上げてまで行われた。しかし、各業界にはすでにノウハウと信頼性のある会社が多数おり、新規参入の任天堂が入り込めるものではなく、この計画は失敗する。さらにレーザークレー射撃場の失敗も相まって、1979年のゲーム&ウオッチのヒットまで多額の借金を抱え込むことになる。

任天堂に社訓は存在しないが、この厳しい経験から、現在の任天堂は「娯楽以外の市場には進出しない」ことを不文律として定めている。DVD-Video再生機能がない代わりに、値段が競合機種より10,000円以上低いゲームキューブなど、ゲーム機の開発においてもその思想が表れている。

関連作品 編集

任天堂のゲームソフトから派生した作品を以下に挙げる。

テレビアニメ作品 編集

この4作品中、『星のカービィ』のみCBC/TBS系列、他はTX系列他で放映。『ドンキーコング』についてはフランスで製作された。他3作品は日本製である。

その他のアニメ作品 編集

実写版 編集

任天堂ハードで発売のゲームタイトル 編集

任天堂ハードで発売された、または発売予定のゲームタイトルは、下記のリンク先にて表記。

据え置き型 編集

携帯型 編集

その他 編集

その他の関連項目 編集

主な提供番組(日本) 編集

現行の番組 編集

過去の番組 編集

脚注 編集

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 任天堂株式会社 平成23年3月期 決算短信
  2. [1] NIKKEI NET 『IT+PLUS』2008年10月31日
  3. 日本のゲーム産業は巻き返せるのか 世界シェア20%落ち込みの衝撃
  4. 2008年日米英年間ランキング発表!1位に輝いたのは『マリオカートWii』
  5. 「マリオカートWii」、2008年の販売本数は894万本
  6. 世界一売れたゲーム:08年は「マリオカートWii」の894万本 日米英で首位に 2位も任天堂
  7. 比較例としてトヨタ自動車で10%程度、一般企業と比較して極めて高水準のNTTドコモであっても17%程。同業他社のSCEは2.8%程となっている。
  8. トヨタの5倍超、従業員1人で10億稼ぐ高収益企業「任天堂の究極目標」
  9. 夏目房之介・週刊朝日『夏目房之介の学問』朝日新聞社、1987年。ISBN 4022557370
  10. 実際、スーパーファミコンのソフトの価格は高価なもので1万5千円から2万円近くにまで高騰していた。
  11. 宮本茂さん「今の任天堂なら、かつての私を採用しない」
  12. NHKスペシャル新・電子立国』第4巻「ビデオゲーム・巨富の攻防」(相田洋著、日本放送出版協会1996年)p.202
  13. 任天堂社長インタビューに「FF13批判か?」と波紋 - Ameba News アメーバニュース
  14. 任天堂はコアゲーマーを見捨てた? E3プレスカンファレンスの余波
  15. もっとも、ソーシャルゲーム原因説はマスメディアによる誇張であり、任天堂の失速とは無関係との説もある。当の任天堂が行った調査では「ソーシャルゲーム利用者のほうが既存のゲームの利用率も高い(任天堂ホームページの2011年6月29日(水) 第71期 定時株主総会を参照)」という結果がでている。
  16. 任天堂が3DSを1万円値下げ、Wii販売計画は下方修正 ロイター 2011年7月28日
  17. ゲームソフトパッケージの対象年齢マークについて任天堂
  18. ゲームボーイアドバンスユーザー人口 - 任天堂
    ニンテンドーゲームキューブユーザー人口 - 任天堂
  19. Wiiユーザー人口 - 任天堂
  20. 例えばバンダイナムコの『スーパーロボット大戦シリーズ』や『テイルズ オブ シリーズ』などはユーザー、ファン層の兼ね合いからボイスを強く重要視されるソフトの代表。一方で格闘ゲームなどでは必要なセリフのみを収録して終了できる場合が多い。
  21. 実際にも『スターフォックス』シリーズの一つである『スターフォックスアドベンチャー』は開発期間およびローカライズ期間の関係で英語音声しか収録できなかった。
  22. もっとも、この発言当時の情勢をみればあながち的外れとは言えない面がある。当時TVゲームと言えばポンであり、ポンはライセンスのあるなしにかかわらず世界中のメーカーが商品を発売していた。そもそもTVゲームはテーブルゲームのTV版という認識が強くトランプやオセロ同様とみなされ、誰かが権利を主張するようなものではなかった。事実アタリのポンライセンスは失敗し、アタリ自身も未認可のポンを半ば容認していた。TVゲーム黎明期には、かくも著作権意識が世界中で希薄だったのである。ビデオゲームに関する著作権意識の芽生えはTV=ポンから進んで、「アイデアとプログラム次第でオリジナルが作成できる」という理解が進む後年のことであった。
  23. ニンテンドーDS:1億台出荷ほぼ確実に 発売4年、最速の大台突破
  24. DS故障は無償交換!?任天堂の“神対応”は本当か - ZAKZAK等を参照。
  25. ニューヨークの任天堂直営店「Nintendo World Store」にて展示
  26. 任天堂ホームページ 社長が訊く 「スーパーマリオ25周年」 ファミコンとマリオ 篇 3.トラブル続きだったファミコン黎明期
  27. 任天堂ホームページ 2011年4月26日(火)決算説明会
  28. 日本のDSソフト市場における任天堂シェア推移
  29. 例外として、バーチャルコンソールで配信されるソフトのポイント数はオリジナルソフトの定価より安く設定されている(パッケージの製作費と輸送費がかからないため、価格を安く設定できる)。
  30. 廉価版ではないが、ゲームキューブのソフトをWii向けに移植したWiiであそぶセレクションはオリジナル版より安い価格設定になっている。
  31. テンプレート:Cite web
  32. テンプレート:Cite news
  33. 33.0 33.1 ニンテンドーDS 被害は3,000億円超との試算も 産経ニュース 2009.2.27
  34. 任天堂、韓国は「ソフト違法コピーまん延国」指摘 聯合ニュース 2009/03/02
  35. Nintendo asks President Lee to make efforts against software piracy Yonhap News Agency 2009/02/13
  36. 韓国を「漁場」としか見ていない任天堂 朝鮮日報 2009/03/03 閲覧
  37. [新闻博客 韩国盗版猖獗?任天堂的反咬] 朝鮮日報 2009.03.03 閲覧

参考文献 編集

外部リンク 編集

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